前回は、辰吉丈一郎さんと大谷翔平選手を例に、根性を「成果を出すための仕組み」へアップデートする話をしました。今回は、私自身の原体験であるアイスホッケー部時代のエピソードを深掘りしてみたいと思います。
「氷上の格闘技」と呼ばれるアイスホッケー。凄まじいスピードでぶつかり合うこのスポーツで、私が学んだのは「闇雲な根性」の限界と、その先にある「本当の勝負」の面白さでした。
世界選手権の覇者に笑われた「根性練習」

大学3、4年生の頃、私たちはリーグ連覇を目指していました。上級生になった私たちは、部費をやりくりして「ぶつかり合いに負けない体」を作るため、あるボディービルジムと契約しました。
そのジムのオーナーは、世界選手権にも出場するような超一流の選手。
意気揚々とジムの門を叩き、自信のあった体を見せた私に、オーナーは笑ってこう言いました。
「筋力をつけるのに、ただ重いものを持ち上げるだけじゃダメだ。地獄の練習をしても筋肉は大きくならないんだよ」
当時、私たちは「苦しい練習こそが正義」と信じていました。しかし、オーナーの言葉は正反対でした。
- 筋肉はトレーニングで「炎症」を起こしている。
- 壊した後は、休養と栄養補給をセットにしなければ強くならない。
- 闇雲な根性練習は、むしろ逆効果である。
そして、最も衝撃的だったのがこの言葉です。
「ボディービルは東大や京大が強い。それは彼らが科学的に体を『研究』しているからだ。弱い学校に限って、先輩が竹刀を持って根性練習を強いている。強くなりたければ、練習は3日に一度にしなさい。その他の時間は頭を使いなさい」
これが、私にとっての「合理的努力」との最初の出会いでした。
リーグ連覇の影で味わった「戦略負け」

その教えを胸に、私たちは科学的な肉体改造と戦略的な練習を重ね、連覇を成し遂げていきました。しかし、その輝かしい戦績の中で、一度だけどうしても上手くいかない試合がありました。
それは、完全に「戦略」で負けていた試合です。
私の役割は、ポイントゲッターをノーマークにするための「囮(おとり)」でした。私が敵を引きつけて、フリーになった味方にパスを出す。これが私たちの必勝パターンでした。
ところが、その試合の相手は私の動きを完全に読んでいました。
パスを受けた瞬間に、容赦ないボディーチェックが飛んでくる。攻めの組み立てが全くできず、リズムに乗れない。焦りだけが募っていく氷の上で、私は考え、考え、考え抜きました。
「恐怖」を捨てた瞬間に通った、合理的パス

誰だって、激しく激突されるのは嫌なものです。
身を守ろうとすれば、コンマ数秒、パスが遅れる。その一瞬の遅れが、相手に守備の隙を与えてしまう。
そこで私は決断しました。
「身を守るのをやめよう。吹っ飛ばされることを前提にパスを出そう」
次の瞬間、同じように敵が私を潰しに来ました。パスを受けた刹那、衝撃を覚悟して、体が砕け散るような勢いでパスを放ちました。
案の定、私は被弾して氷の上に吹っ飛ばされました。しかし、視界が揺れる中で聞こえてきたのは、審判のホイッスル。
ゴールが決まった音でした。
私が敵と一緒に潰れたことで、パスを受けた味方は完全にノーマークになっていたのです。
「同じパターンでパスを通されたらたまらない」と相手が私へのマークを緩めた瞬間、試合の流れは一気に変わりました。いつもの勝利の方程式が回り始め、私たちは勝利を掴んだのです。
65歳、人生の氷上で「一瞬」を考える

スポーツの面白さは、能力のある選手がギリギリのところで、ほんの一瞬「考えながら」プレーすることにあると思います。
これは人生も、そして今の私のテーマである「遊びを仕事にする」ことも同じです。
- 体力(根性)という土台を作る。
- それをどこで「爆発」させるか戦略を練る。
- いざという時は、覚悟を決めて「捨て身」で勝負する。
65歳になった今、若い頃のように氷の上を走り回ることはできません。
でも、あの時ボディービルのオーナーに教わった「科学的な研究」と、試合中に見出した「捨て身の合理性」があれば、人生の後半戦という試合も、最高に面白いものにできると確信しています。
人生というゲームも、ただ闇雲に動くのではなく、頭を使って「一瞬の面白さ」を追求していきたい。そう思いませんか?
